教えることとは、相手の人生を奪うこと | デイリーもった ver.1.06

0162
「教えることとは、相手の時間を奪うこと。」
なにか物事を教えている間というのは、たいてい相手を拘束して情報を押し付けているのだ。
聞く相手もある程度選択肢はあるかもしれない。
だが、実際は「教える」ことはかなりの割合で相手から強制されるものだ。

教えるメリット

教えるってことは、教える側のエゴであることが多い。
実は、見えない所で教える側のメリットがあるものである。
例えば、教えることで自分の負荷が小さくなったり、
あるいはもっと直接的に、教えることで金銭的な利益を得たり、など。
教える人は何らかのメリットを抱えているものだ。

教えられるデメリット

反面、教えられる人はどうだろうか。
教えられることが、良い情報であればその時間は無駄ではないが、
本人が必要としていない、どうでも良いと思っている情報であればその時間はまるで無駄になってしまう。
「時は金なり」という言葉があるが、僕は「時は金よりも価値がある。」と思っている。

人生のうち、使える時間は限られている。
その時間を奪うということは、相手の人生を奪っていることと等しいのだ。
何かを教えるということは、相手の人生を少しずつ奪っていること。
人に教えるとき、この大前提を常々忘れずに居たいものである。

今日のツイート

使いすぎて、100枚がもう終わりそうだ。
プレゼン資料作るときにも使えそうなこの付箋。僕の中ではもう定番となっている。

購読しよう!

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする