
情報化社会と言われ、情報が氾濫する社会になりました。
その反面、情報が先行し、どの情報を選べばいいのか、判断の難しい社会にもなってきました。
情報を得ることで、「自分の知識」と錯覚してしまう
最近は、いろんな情報がすぐに手に入るので、すぐに自分の知識になったように錯覚してしまいます。
ですが、それでほんとうに自分の知識になったと言えるのでしょうか。
知識とは
そもそも、知識とは一体なんでしょうか。
以下、国語辞典より引用します。
1 知ること。認識・理解すること。また、ある事柄などについて、知っている内容。「日々新しい―を得る」「―をひけらかす」「予備―」
「幸福とは何かと云う事を明細に―して了っている」〈長与・竹沢先生と云ふ人〉2 考える働き。知恵。「―が発達する」
注目すべきは「認識」「理解」「知恵」
考えてみると、どれも「情報」だけでは得られないものばかり。
情報があり、それを理解することで初めて自分の知識になる
もちろん、情報がないと何から手をつけるべきなのかわからない、手探り状態になってしまいます。
情報は、そのことを理解するきっかけになってくれるでしょう。
ですが、そこから行動し、その情報を理解しないと知恵にはなりません。
情報を得ただけでは知識としては不完全な状態です。
その情報を知るよう務め、行動に活かし、本質を理解したときにはじめて知識となる。
情報を、自分の知識にできるよう日々試行錯誤していきたいと思います。
あとがき

結局言いたいのは、「まず経験してみよう」、ということです。
なにか情報を得た時点で「知った」ふうにならない。
情報は実際に活かして、初めてそのディテールを知ることになる。
実体験を通して、自分の本当の知識にしよう、と。
情報を得ただけで「知ったような気になる自分」に対する自省エントリでした。
ワークアウト記録
自転車通勤+徒歩移動20分ぐらいですね…
最近は土日以外はしっかり運動できてない。うむー。